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効率の良い社会

 

ってなんだろうか。

 

といつも考える。

 

 

 

 

それは、アルバイトの時によく。

 

 

 

「こいつは使えない」

「あいつは仕事できる」

 

 

などとよく耳にするが、

そういうことを言っている人が実は一番大したことのない社会的人間ではないか?

 

 

使えないだとか仕事が出来るだとか

それは個々の目盛りの基準だろう。

 

例えば、声が小さいけど品出しが早い。

その人には、品出しをさせればよい。

なぜならば、その人にとって一番社会的能力を発揮できる仕事だから。

 

計算が早くて、接客が得意。でも、ほかの事は苦手。

その人には、レジをやらせればよい。

なぜならば、その人にとって一番社会的能力を発揮できる仕事だから。

 

 

 

雇用人数が少ない場所や、人手が満たされていない場所では話が別になってしまうかもしれないが、得意不得意の割り当てをするべきだ。

 

それが出来ない上司がいると、結局みんなが仕事が出来ない、というようになってしまう。

 

人には得意不得意が必ず存在し、その範囲や量も違う。たくさんのことをこなせる人もいれば、覚えるのに時間がかかる人、どうしても苦手なものが多い人など、それは自然なことだろう。

 

屁理屈だが、人間はそれぞれ違うから。

 

あいつは仕事が出来ない。

そんな言い方しなくてもいいだろう。

「あいつ」だって、人より冴えてることは必ずある。

あいつは仕事が出来ないという人より得意なことはある。

 

自分の視点で判断した目盛りを動かさないことが間違っているのだ。

 

頑固だ。

 

仕事が出来ない、というのは仕事面においての全否定の言葉だ。

 

全否定は良くない。あいつにだって、良いところはある。

 

それを見つけずに、仕事が出来ないだなんて言ってはいけない。そんな発言をするほど、完璧な人間はいない。

 

もし、得意分野に配属して能力を発揮すれば、その人は認められ、広がり、社会的にも、人間的にも、成長というものを覚えるだろう。

 

その過程が、大切なのではないか?